小倉クリエーション

現代に再生した幻の織物“小倉織”

☆凛とした縞模様「小倉織」

和の中にモダンな雰囲気を漂わせる小倉織 ■和の中にモダンな雰囲気を漂わせる小倉織

「九州の道は小倉に通じる」――長崎街道や中津街道など、九州五街道の基点であり、古くから九州の玄関口として様々な文化が交わった、現在の福岡県北九州市。このまちを歩くと、たくさんの“たて縞”模様に出逢う。歩道の石畳、建物の内装、百貨店の紙袋に至るまで。まちの中に溶け込み、人々を惹きつける“たて縞”の正体は、江戸時代にこの地の工芸品として人気を博した織物「小倉織」をモチーフにしたものだ。

地厚で丈夫であることに加え、なめらかな肌触りの小倉織は、江戸時代には武士の袴や帯として高い評価を受け、かの有名な徳川家康までもが鷹狩りの際に小倉織の羽織を着ていたと記録が残る。その最大の特徴は、色の濃淡だけで立体的な世界を表現する“たて縞”模様にある。経糸(たていと)が緯糸(よこいと)の3倍の密度であるが故、凛とした“たて縞”模様となり、なめし革のような柔らかい風合いの織物となる。

小倉織の起こりは、豊前国(現在の北九州市東部から大分県の北部あたり)の盛んな木綿栽培にはじまる。最盛期には、綿を紡いで糸をつくる家は10,000軒、帯や袴を織る家は3,000軒もあったそうだが、時代のうねりの中でその存在は影を潜め、350年以上続いた伝統は昭和初期に途絶えてしまった。

まちの中心部を流れる紫川を渡す勝山橋の石畳 ■まちの中心部を流れる紫川を渡す勝山橋の石畳
『リーガロイヤルホテル小倉』の内装は小倉織をモチーフにしたもの ■『リーガロイヤルホテル小倉』の内装は小倉織をモチーフにしたもの

☆時空を飛び越え、再生した“幻の織物”

染織家・築城則子さん ■染織家・築城則子さん
運命の出逢いとなった小倉織の切れ端は今でも宝物 ■運命の出逢いとなった小倉織の切れ端は今でも宝物

「生まれ育った土地の織物に一目惚れできたのは幸せな出逢いでした。」――染織家(せんしょくか)・築城 則子(ついき のりこ)さん(以下、「築城さん」)の言葉には並ならぬ想いが込められていた。大学時代に専攻した演劇文学がきっかけで、歌舞伎や狂言など古典芸能にのめり込み、能舞台に通ううちにいつしか能装束の美しい色の世界に引き込まれていた。地元小倉に戻って染織家としての道を歩みだした築城さんは、勉強のために行った骨董店で運命的な出逢いを果たす。「木綿のようにもあるが、木綿にしては艶がありすぎる不思議な風合いの端切れでした。」と当時を振り返った。工業試験場で分析を重ね、導き出したその正体は、使い込んでなめし革のように滑らかになった「小倉織」の端切れだった。

一度途絶えた技術を再生し、現代に適合させるために創意工夫を重ねた築城さんの話を掘り下げた。「使い込んで、いい風合いになることはとても素晴らしいことですが、現代においてそこまで長く使うことは難しいですよね。だから、完成時にその素材に近づけたものにしないといけないんです。」築城さんは、より細い糸を使い、さらに経糸の本数を増やすことで、伝統の技術を現代に息づかせることに成功したのだった。こだわりは染色にも宿る。自ら採取した自然素材を使うことで、柔らかくて艶やかな色になるそうだ。「にごりのない冴えた色にするために、一回煮出した染材は思いきって捨ててしまいます。」と教えてくれた。

「そのときの自分の心が作品に写り込む」と真剣に機を織る築城さん 「そのときの自分の心が作品に写り込む」と真剣に機を織る築城さん ■「そのときの自分の心が作品に写り込む」と真剣に機を織る築城さん

「雨音も縞に見える」――工夫できるのは配色とバランスだけという縞模様ならではの制約の中で、築城さんの作品のヒントとなるのは、日常の中の景色や音や匂いだ。朝日が差しこむ空、季節の移ろいを報せる鳥の鳴き声、すべてが築城さんの五感に刺さり、ひとつの作品となる。「縞模様は世界中どこにでもある普遍的なデザイン。しかし、経糸が突出して縞模様となる織物は小倉織だけです。」と、“幻の織物”への想いが言葉から滲み出ていた。

静寂の中にもリズムがある築城さんの作品 ■静寂の中にもリズムがある築城さんの作品
山奥に佇む古民家は築城さんの工房。近所には染色の原料も豊富。 ■山奥に佇む古民家は築城さんの工房。近所には染色の原料も豊富。

☆小倉織の未来を描く~世界に向けた挑戦~

先人が築いた伝統と、現代の感性を融合させることでつくられる新たな歴史。小倉織をインテリアやファッション、雑貨など現代のライフスタイルに合わせたテキスタイルとして発信するために、「有限会社小倉クリエーション(所在地:北九州市小倉北区)」が立ち上げたブランド『小倉 縞縞 KOKURA SHIMASHIMA』は築城さんがデザイン監修を務める。小倉織の丈夫で美しいたて縞を動力機(どうりょくばた)で広幅140cmに織ることにより、新たな可能性を示した。