窪田織物

奄美大島から伝わる名宝
~つながる想い、織り成す大島紬~

☆はるか南の島で生まれた絹織物「本場大島紬」

古くから異文化が交わった奄美大島 ■古くから異文化が交わった奄美大島
ソテツの葉をモチーフにした本場大島紬の伝統柄「龍郷柄(たつごうがら)」 ■ソテツの葉をモチーフにした本場大島紬の伝統柄「龍郷柄(たつごうがら)」

「カラッ トン カラッ トントン」――うっすらと空が明るくなり始めた午前5時頃、あちらこちらで機織(はたおり)の心地よい音がこだまする。予め染色された経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が精密に交わり、織り成された美しい文様は、日本中の人々が憧れる着物へと姿を変え、海を渡った。

雄大な桜島を望む鹿児島市内から南へ約350km離れた「奄美大島」。古くから海上交易の中心地として様々な文化が交わったこの島で、絹織物の最高傑作「本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ)」は誕生した。

☆大島紬への恩返し

奄美大島における絹織物の歴史は西暦700年頃に遡り、奈良の東大寺や正倉院の献物帳(けんもつちょう)に「南島から褐色紬が献上された」と記録が残るほか、江戸時代に書かれた「南東雑話(なんとうざつわ)」では、養蚕(ようさん)から手括絣(てくくりかすり)、独特の染色法などが細かく記されている。薩摩藩が江戸幕府への献上品として大島紬を独占したという歴史背景からも、当時から誰もが驚く品質だったことが想像できる。

ゴブラン織りやペルシャ絨毯と並んで、世界三大織物と称される本場大島紬。人々を惹きつける真の魅力とは何だろうか――。
「制作に関わる人数、時間、そして技術力は他に類を見ない世界一の織物です。」と表現するのは、窪田織物(くぼたおりもの)株式会社 代表取締役社長の窪田 茂(くぼた しげる)さん(以下、「窪田社長」)。日本各地の織物産地や、中国、インドネシア、ラオスなど世界中の織物を見て歩いたという窪田社長は、開口一番そう語った。

窪田織物株式会社 代表取締役社長 窪田 茂さん 窪田織物株式会社 代表取締役社長 窪田 茂さん ■窪田織物株式会社 代表取締役社長 窪田 茂さん
窪田織物には、本場大島紬をつかった様々な商品が展示されている ■窪田織物には、本場大島紬をつかった様々な商品が展示されている

奄美大島の多くの家庭では、大島紬を織って生計を立てていたため、島出身者の多数は大島紬に恩義を感じているのだという。窪田社長もまたその一人だ。最盛期の3%ほどに衰退してしまった大島紬の生産量をなんとかしたいと、一念発起して鹿児島市内で起業したのが窪田織物のはじまり。「伝統産業は鎖国と同じで、職人が技術を守ろうとする傾向にありますが、私は伝統(=守り)と革新(=攻め)は表裏一体だと思っています。」と窪田社長。窪田織物では、伝統(=守り)の部分として、15マルキの反物(※)を開発し、その製造方法で特許を取得するなど、着物としての大島紬を進化させつつ、革新(=攻め)の部分では大島紬の洋装化、グッズ化、インテリア化などを進めている。「新しいものを目指しながら、古いもののデザインを少し変えたり、色を変えたり。大島紬らしさを残しつつも、固定概念にとらわれないよう商品に多様性をもたせたい」と窪田社長は意気込んだ。
(※:マルキとは絣糸の本数の単位で、マルキ数が大きくなるほど柄が細かくなるため製造が難しい。一般的な作品は7マルキ、9マルキのものが多く、12マルキともなると高級品として扱われる。)

15マルキの2種類の反物。柄の細かさに誰もが驚嘆するだろう。 15マルキの2種類の反物。柄の細かさに誰もが驚嘆するだろう。 ■15マルキの2種類の反物。柄の細かさに誰もが驚嘆するだろう。

☆職人から職人へ、繋がる想い

大島紬の機屋だった永江伊栄温(ながえいえおん)によって締機が考案された。 ■大島紬の機屋だった永江伊栄温(ながえいえおん)によって締機が考案された。

デザイン原画の制作にはじまり、絣締め(かすりじめ)、染色、織り、製品検査。30数工程を専門分野の職人たちがリレー形式で1つの作品を仕上げる本場大島紬は、妥協を許さない手間ひまの結晶と表現できるだろう。「30人以上の職人が半年以上の歳月をかけて、全て手づくりしている魂のこもった織物」という窪田社長の言葉を思い出しながら、職人の話を伺った。

本場大島紬の制作工程を解説する上で最も特徴的なのは、“2度織る”ことだ。その1度目にあたる「絣締め(かすりじめ)」は、「締機(しめばた)」という機械を用いて、絣糸をつくる下準備として、絹糸を木綿糸で強く締める作業である。絣締めにより、絣糸の染める部分とそうでない部分を分けることで、1本1本異なる絣糸がつくれるというわけだ。力強さと緻密さが求められるこの仕事を50年続けている職人の西田さんは「目で追わなくても、手の感覚や音で締まり具合がわかります。」と軽快に締機を扱った。

真剣な表情で、丁寧に色をのせていく田中さん 真剣な表情で、丁寧に色をのせていく田中さん ■真剣な表情で、丁寧に色をのせていく田中さん

30人近い職人の想いを受け継ぎ、最終走者を担うのは織り職人だ。文様にあわせて1本1本に色づけされた絣糸を丁寧に織りあわせていく、極めて緻密な作業を担うのは、奄美大島出身の重信(しげのぶ)さん。図案を見れば、すぐに完成形のイメージが沸くという大ベテランだ。「カラッ トン カラッ トントン」と軽快に機を織る重信さんは何を考えながら作品と向き合っているのだろうか。「小さい頃からこの音を子守唄のように聞いて育ちました。今は複雑な文様の作品が増えて大変ですけど、どういう御方が着られるのかなと想像しながら丁寧に織っています。」この言葉の中に、本場大島紬から感じ取る不思議な温もりの正体を見出した。重信さんの腕前でも数ヶ月かかる作品もあるという、手間ひまのかかる仕事を楽しむ重信さんの心、そして職人たちの想いが重なった作品だからこそ、本場大島紬は人の心を動かす不思議な力を備えているのだろう。

図案にあわせて黙々と織っていく重信さん(奥側の女性) 図案にあわせて黙々と織っていく重信さん(奥側の女性) ■図案にあわせて黙々と織っていく重信さん(奥側の女性)

数十人の職人の想いが連鎖し、1つの形となる本場大島紬。効率化が叫ばれる現代社会における、手仕事の意義とはなんだろうか――。

作品の中に見え隠れする職人の誠実な心や手間ひまに思いをめぐらせ、そこに価値を見出す豊かな心。日本人ならではの美意識が生みだした伝統工芸が、この時代に忘れかけていた大切なものを呼び起こしてくれるのではないだろうか。

全反検査により大島紬の品質は保たれている。 ■全反検査により大島紬の品質は保たれている。